リスキリングという言葉が注目されています。DX化や働き方の変化が進む中で、個人や企業がどう行動すべきかを考えるきっかけとして、本記事ではリスキリングの基本から実践的な取り組み方法まで、体系的に解説します。
目次
リスキリングとは何か?
リスキリングの意味と語源
リスキリングとは、新たなスキルを習得して業務に活かすための学び直しを意味します。主に仕事に関連するスキルの習得を目的としており、職種の変化や業務内容の転換に対応するために使われる概念です。
語源は英語の「Reskilling」で、「re(再び)」と「skill(技能)」を組み合わせた言葉です。つまり「再びスキルを得ること」、言い換えれば「新しいスキルセットへの切り替え」とも言えます。
最近では、技術の進化により従来のスキルでは通用しなくなるケースが増えており、企業だけでなく個人レベルでもリスキリングの必要性が高まっています。
リスキリングとリカレント教育・学び直しの違い
混同されがちな概念として、「リカレント教育」や「学び直し」がありますが、これらはリスキリングとは少し異なります。
用語 | 意味 | 目的 |
リスキリング | 新しいスキルを身につけて職務転換に対応する | 業務や職種の変化 |
リカレント教育 | 社会人が定期的に教育機関で学び直す | 生涯学習・自己啓発 |
学び直し | 広い意味での再学習(リスキリングやリカレントも含む) | 多目的(キャリア、趣味など) |
リスキリングは主に業務に直結したスキル変革を伴う一方、リカレント教育は大学などでの定期的な学習を指すことが多いです。つまり、リスキリングはより実務志向と言えるでしょう。
英語での表現と国際的な位置づけ
「リスキリング」は国際的にも注目されており、英語でもそのまま reskilling として使われています。特に、世界経済フォーラム(WEF)では、リスキリングを「将来に向けた人材戦略の柱」と位置づけており、各国での政策に反映されています。
欧州では「デジタルスキル育成プログラム」や「職業訓練支援」が進んでおり、米国でも企業主導のトレーニングプログラムが活発です。日本でもこの潮流に遅れないよう、政府や経済界が連携し、リスキリング支援の仕組みづくりが加速しています。
なぜ今リスキリングが必要なのか?
DX時代におけるスキルの変化
デジタルトランスフォーメーション(DX)が急速に進む現代では、従来の業務やスキルが通用しなくなる場面が増えています。たとえば、製造業ではIoTやAIによる自動化、サービス業ではチャットボットやオンライン接客が主流になるなど、あらゆる業界で技術革新が進行中です。
こうした変化に対応するには、新しい知識や技術を身につけなければなりません。これがまさにリスキリングの役割です。既存スキルのアップデートだけでなく、新たなスキルへの移行(トランジション)が求められています。
企業が直面している人材課題
企業にとってもリスキリングは急務です。背景には以下のような人材課題があります。
- デジタル人材の不足
- 業務の自動化による職種の再編
- 社員のキャリアパスの再構築
多くの企業が「新しい技術を導入したいが、それを扱える人材がいない」と悩んでいます。そのため、外部から人材を獲得するよりも、社内の人材を育成するリスキリングに注目が集まっているのです。
特に中堅層や管理職においては、現場での業務経験と新しいデジタルスキルを組み合わせることで、企業競争力の向上につながる人材育成が可能になります。
政府や経済産業省の支援動向
日本政府もリスキリングを国家戦略の一部と位置づけ、さまざまな支援を行っています。主な施策としては以下の通りです。
- 経済産業省による「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」
- 厚生労働省の「人材開発支援助成金」
- デジタル庁の「マナビDX」などの学習プラットフォーム提供
これらの制度は、個人や企業がリスキリングを行う際の金銭的・制度的な後押しとなっています。最近では、企業向けの補助金だけでなく、個人向けの学習費支援や教育訓練給付も充実してきました。
政府としても、労働市場の変化に対応できる人材を育てることで、日本全体の生産性向上と経済再生を狙っているのです。
リスキリングで身につけるべきスキルとは?
注目されている分野(IT、データ、マネジメントなど)
リスキリングの対象となるスキル分野は多岐にわたりますが、特に注目されているのは以下の3分野です。
- ITスキル(プログラミング、クラウド、セキュリティ など)
- データスキル(データ分析、BIツール、統計的思考)
- マネジメントスキル(プロジェクト管理、変革推進、リーダーシップ)
たとえば、製造現場ではIoT機器の操作やデータ分析スキルが求められ、営業部門では顧客データを活用したマーケティングスキルが求められるなど、職種ごとに必要なスキルは異なります。
特にデジタル分野では日進月歩で技術が進化しており、基礎から体系的に学ぶ姿勢が不可欠です。単発的な学習ではなく、段階的なスキル構築が重要とされています。
AI・デジタルリテラシーの重要性
AI技術が浸透する中で、AIを使いこなすための基礎知識=デジタルリテラシーの重要性が高まっています。デジタルリテラシーとは、単にパソコンやスマートフォンを使えるという意味ではなく、以下のような能力を指します。
- データの収集・加工・分析能力
- AIの基本原理や活用方法の理解
- デジタルツールの選定と導入判断
このようなスキルは、業種を問わずあらゆる職種で求められるようになっています。つまり、すべてのビジネスパーソンにとって「AIやデータと向き合う素養」はもはや前提条件と言えるでしょう。
ビジネススキルとのバランス
リスキリングにおいて忘れてはならないのが、テクニカルスキルとビジネススキルのバランスです。いくらデータ分析やAIに長けていても、それをビジネスの現場で活かせなければ意味がありません。
具体的には、以下のスキルが有効です。
- ロジカルシンキング(論理的思考)
- プレゼンテーション・コミュニケーション能力
- 問題解決力と意思決定スキル
企業の中でDXを推進するには、技術的な知見に加えて、課題を発見し、関係者と調整しながら解決に導くビジネススキルが求められます。そのため、リスキリングは「単なる技術習得」ではなく、「総合的な人材力の強化」と捉えるべきでしょう。
リスキリングの始め方
何から始めればいい?初心者のステップ
リスキリングに興味はあっても、「何から始めればいいのかわからない」という声は少なくありません。特に社会人にとっては、時間やコストの制約があるため、明確なステップ設計が重要です。
まず最初に取り組むべきは以下の3つです。
- 現在の業務やキャリアの棚卸し
─ 何ができて、何が不足しているかを明確にする - 将来的に目指す業務や職種のイメージを描く
─ そのために必要なスキルをリストアップする - 小さなスキルから段階的に学ぶ
─ 例えば「Excelを使ったデータ集計」から始めて「BIツールの活用」へ
いきなり大きな目標を立てると挫折しやすいため、スモールステップで成功体験を積み重ねることが継続のカギです。
学習スタイル(オンライン・オフライン)
リスキリングに使える学習手段は多様化しています。それぞれにメリット・デメリットがあるため、自分のライフスタイルや学習目的に合わせて選ぶことが重要です。
学習スタイル | 特徴 | 向いている人 |
オンライン講座 | 24時間いつでも学べる。動画・テキストが中心 | 忙しい社会人、地方在住者 |
通学・セミナー | 直接指導が受けられる。仲間と学べる | モチベーションを保ちたい人 |
書籍・独学 | 自分のペースで進められる。費用が安い | 自律的に学習できる人 |
最近は「Udemy」「Schoo」「マナビDX」など、実務に即したオンライン学習サービスが豊富にあります。講座の選び方や学習時間の確保も、リスキリングの成果に直結するポイントです。
続けるための工夫とマインドセット
どんなに良い教材を使っても、継続できなければ成果は得られません。リスキリングではモチベーション管理と習慣化が極めて重要です。
継続するための工夫としては
- スケジュールに学習時間を組み込む(週2時間など具体的に)
- 学習仲間を見つける(SNSや勉強会)
- 目標を明文化し、可視化する(ToDoリストや進捗表)
また、「年齢的に今さら無理かも」「新しいことは難しそう」という不安を持つ方も多いですが、リスキリングにおいては成長マインドセット(できるようになる思考)が非常に重要です。完璧を求めず、まずは「やってみる」ことから始めてみましょう。
企業におけるリスキリングの導入事例
国内企業の取り組み事例
近年、多くの日本企業がリスキリングを人材戦略の中核に据えています。以下は代表的な企業の事例です。
- KDDI
全社員向けにDX研修を実施。AI・データ活用スキルを段階別に学べるオンラインプログラムを導入。 - トヨタ自動車
製造現場の社員に対して、AI・ロボティクス技術に関する実践的な研修を展開し、現場力と先端技術の融合を図る。 - 日立製作所
社内大学「Hitachi Academy」を設立し、エンジニアから営業職まで対象としたリスキリングプログラムを提供。
これらの企業に共通しているのは、単なる技術教育ではなく、経営戦略と一体化した人材育成の枠組みとしてリスキリングを位置づけている点です。
成功要因と課題
リスキリングの導入を成功に導くには、いくつかの要因があります。
成功要因
- 経営層のコミットメント
トップダウンでの推進が現場への浸透を加速する - 業務と直結したスキル設計
学んだことが実務に活かせると実感できる内容にする - 継続的なフォロー体制
OJTやメンター制度など、学びを定着させる仕組みを整備
主な課題
- 忙しい業務の中で学習時間を確保できない
- スキルの棚卸しや育成プランの設計に専門性が必要
- 受講者にとって「なぜ学ぶか」の動機づけが不足
これらの課題に対処するためには、教育設計の専門家や外部ベンダーの活用も有効です。
人的資本経営との関連性
現在注目されている「人的資本経営」は、企業が人材を「コスト」ではなく「資本」として捉え、投資対象とする考え方です。リスキリングはこの人的資本経営の要となる取り組みのひとつです。
実際に、企業の統合報告書などでは、以下のような項目でリスキリングの成果を開示する事例が増えています。
- リスキリング受講者数
- スキル習得後の配置転換率
- 新規プロジェクトへの参加率
今後は、こうした取り組みがESG評価や株主価値にも直結する可能性があるため、企業にとってはリスキリングがますます経営課題として重要になるでしょう。
リスキリングを支援する制度と講座
政府・自治体の補助金や助成制度
日本政府や自治体は、個人および企業のリスキリングを積極的に支援しています。代表的な制度には以下のようなものがあります。
- 人材開発支援助成金(厚生労働省)
企業が従業員に職業訓練を実施した場合に、研修費や賃金の一部を助成。 - 教育訓練給付制度(個人向け)
厚労省指定講座を受講した個人に対して、受講費用の最大70%を支給。 - リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業(経済産業省)
デジタルスキルを中心とした学習プログラムを企業・個人に提供し、成長産業への労働移動を支援。
これらの制度を活用することで、学習にかかる経済的な負担を大幅に軽減することができます。利用にあたっては、事前の申請や条件確認が必要なので、厚生労働省や経済産業省の公式サイトでの確認をおすすめします。
民間講座や資格の選び方
現在、多くの民間教育機関がリスキリングに特化した講座を提供しています。選ぶ際には以下の観点を意識しましょう。
- 習得したいスキルとのマッチ度
例:AI、プログラミング、データ分析、業務改善 - 受講スタイルの柔軟性
オンライン完結型、録画視聴可能、短期集中など - 実績・評判
受講者のレビューや修了後の転職率などを確認 - 資格取得につながるか
MOS、Pythonエンジニア認定、G検定などは実務でも評価されやすい
具体的なサービスには「Udemy」「Schoo」「TechAcademy」「グロービス学び放題」などがあり、それぞれ特化領域やレベルに違いがあります。
リスキリング・コンソーシアムとは?
2022年に設立された「リスキリング・コンソーシアム」は、政府・企業・教育機関が連携し、リスキリングを社会全体で推進するための枠組みです。主な特徴は以下のとおりです。
- 参加企業による無料・低価格の学習機会提供
- 求職者・転職希望者へのキャリア支援
- 学習履歴と就業支援の連動(スキルマッチング)
デジタルスキル習得に関する講座が豊富で、個人登録すれば誰でも受講が可能です。
詳しくは リスキリングコンソーシアム 公式サイト をご覧ください。
まとめ|リスキリングで未来を切り拓く
リスキリングは、DX時代を生き抜くうえで欠かせないスキル再構築の手段です。単なる「学び直し」にとどまらず、個人のキャリア開発、企業の競争力強化、さらには社会全体の生産性向上に貢献する重要なキーワードとなっています。
本記事では、リスキリングの基本から実践までを以下のように解説しました:
- リスキリングの定義と他の学習概念との違い
- DXや社会の変化による必要性の高まり
- 習得すべき注目スキル(デジタル・AI・ビジネス)
- 始め方や学習スタイルの選び方
- 企業での導入事例と人的資本経営との関係
- 政府や民間による支援制度の活用方法
リスキリングは一度きりの取り組みではありません。技術や社会が変化し続ける限り、私たちも継続的に学び、変化に適応し続けることが求められます。逆に言えば、それができればどんな環境変化にも柔軟に対応できる「しなやかなキャリア」を築くことができるでしょう。
学ぶことは、未来を切り拓く力です。今日がリスキリングを始める最適な日かもしれません。